友だちにパンを差し出すように。

投稿日: カテゴリー: BLOG

昨日、とある経営者と食事をご一緒した。その方は、地方で長く続くメーカーの三代目の社長さん。年齢は50歳ほどで、若々しく声が大きく、話しているとこちらが元気をもらえるような人だ。2年くらい前に博報堂の仕事を通して知り合った。

あるアイデアを僕らが提案し、それを採用してくれた。今もその企画は進行中で、小さい種のようなアイデアは少しずつ実を結び、だんだんと大きくなっている。しかし僕自身は、博報堂を離れたのもあって、そのプロジェクトから遠ざかっていた(その企画については今度また紹介したいと思う)。

少し前に、それに関する大きなイベントがあった。僕は参加する予定ではなかったのだが、朝に社長から突然電話がかかってきた。おそるおそる電話にでたら・・・「牧野さんのおかげでここまでこれました!」という、お礼の電話だった。それはそれは本当に嬉しい電話だった。

しかし同時にとても恐縮だった。いえいえ、僕は大した事はしていません。アイデアをだすというのは本当にささやかな入り口にすぎません。それを形にしていくことのほうが、遥かにしんどくて、尊いことですから。

でも、僕はその社長のそういったところ(僕のような下っ端への心遣い)を、本当に素敵だと思った。

彼の会社は、日本の精神文化に貢献する種類の仕事をし、地域で多くの雇用を生みだしている。本当にすばらしい会社なのだ。そういった企業の方と仕事ができることを、とてもうれしく思う。

昨日ちょっと酔っ払って、社長はこんな話をしていた。

高校生の頃、近所にセブンイレブンができた。
部活帰りにそこでパンを買って食べようとしたら友達がやってきて、
「いいなぁ。俺、いま金欠なんだ」って言うんだ。
もちろん悪意があって言ったわけではなく、本当にお腹がすいていたのだと思う。

だから、パンを半分に切ってあげた。悩んだ末に、大きな方を。
本心を言えば、全部食べたかったし、大きな方を食べたかった。
だけど、そうすることで、とても満ち足りた気持ちになった。
その時の、その気持ちをいまも忘れられないでいる。

それが自分にとって、仕事の本質なんだ。

その時たまたま自分が持っている何かを、独り占めするのではなく、誰かと分かち合うことで得られる充足感。それはエゴかもしれないけど、悪くないエゴだと思う。そして、矛盾のような真理であり、仕事というものの本質だと僕も思う。もちろん、いうほど容易くはない。

そんな風に仕事ができたらいいなと、切実に思い、
いつかまたこの人と仕事をしたいと思った。

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Keita Makino

Keita Makino

文鳥会長の下で働くCEO

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